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名古屋高等裁判所 昭和40年(ツ)28号 判決 1966年2月24日

上告人 株式会社 横井製絨所

訴訟代理人 籏鶴松 外一名

被上告人 千代田産業株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

(一)  原判決が認定した事実は次のとおりである。

(1)  被上告人が訴外大西幸八(かつて上告人に雇われていたもの)に対し、公正証書による金一〇九万九、二二二円の債権を有したので、右公正証書に基き、大西を債務者、上告人を第三債務者として名古屋地方裁判所に対し、右債権額にみつるまで、大西の上告人に対する給料債権の差押命令を申請し、該命令を得て執行した。

(2)  ところが、右執行について、大西から請求異議の訴訟が提起せられ、右訴訟において、昭和三三年一一月一〇日裁判上の和解が成立し、被上告人の大西に対する債権額を金三〇万円に減縮し、大西は右金額を月賦により支払うこととなつた。

(3)  一方、大西は昭和三四年二月二一日被上告人に対し、金一六万六、二〇〇円を支払つたのみで、その余の支払をなさなかつた。そこで被上告人は同年五月、前記債権差押中の債権金八万円(大西の上告人に対する昭和三三年九月分から昭和三四年四月分までの一ケ月金一万円の給料債権)につき転付命令(名古屋地方裁判所昭和三四年(ヲ)第一三〇号)を得、該命令は同年同月二四日債務者大西および第三債務者上告人に送達せられた。

(4)  そこで、被上告人は、右転付金の支払を求めるため上告人に対し、昭和三四年六月二四日、台東簡易裁判所に転付金請求訴訟を提供した。そして右事件の審理中に上告人が大西に対して差押に係る前記金八万円を支払つたことが判明したため、被上告人は昭和三六年五月九日右訴訟を取下げた。

(5)  その後被上告人は同年八月三日に至り改めて上告人に対し、本件訴訟を提起したが、その請求原因は、本位的には、右転付金の支払を求め、予備的に民法第四八一条により、上告人が大西に支払つた前記転付金八万円に相当する損害の賠償を求めるというのである。

(二)  そこで、各上告理由について順次判断する。

上告理由第一点について、

原判決文中理由二の記載は、やや不充分な点が見受けられるけれども、その趣旨は、文章の前後から判断して、前記(一)の(2) で述べた裁判上の和解は、同項で述べた公正証書による被上告人の債権額を金三〇万円に減縮したものに過ぎないことが判かるから、右和解を目して、一旦右公正証書による債権を全部消滅させた上、改めて大西が被上告人に対し金三〇万円の債務を負担することとし、これを月賦弁済することを約定したものとは解せられない。それ故に、右和解によつて右公正証書による債権が消滅したことを前提とする右論旨は理由がない。

同第二点について、

しかしながら、すでに述べたとおり、被上告人は右和解によつて債権額を金三〇万円に減縮したものの、まだ金八万円以上の債権が残存していたことは明らかであるから、被上告人が前記(一)の(1) で述べた債権の差押を解放することは必要でない。したがつて被上告人が上告人に対して、前記金八万円の債権について転付命令を得た上、その請求訴訟を提起したことはむしろ当然であつて、信義則に違反するものでないことは多言を要しない。それ故に権利の濫用の問題を生ずる余地はない。よつて右論旨も亦理由がない。

同第三点について、

「民法第一四九条は消滅時効の中断事由の一たる裁判上の請求について訴の取下の場合においては時効中断の効力を生じない旨規定していること所論のとおりであるが、この規定は裁判上の請求自体についてその時効中断事由としての効力を規定したにとどまるものと解される。元来裁判上の請求のなかには催告が包含されているから訴状が相手方に送達されたのち、訴の取下がなされても、訴の提起から取下にいたるまでの間は催告が継続しているものとみることができる。けだし裁判上の請求による催告は、その訴訟の追行のうちに不断に行われているものと解しうるからである。したがつてこれによる時効中断の効果を生ずるためには訴の取下後六ケ月内に同法第一五三条の裁判上の請求がなされることを要し、かつこれをもつて足るものといわねばならない。もし右のごとく解するのでなければ、訴による裁判上の請求がなされても、ひとたび訴が取下げられると訴の提起なかりしものとみなされ、催告はなおその効力を持続しても、訴の提起による催告後六ケ月の期間の経過と共に(当時たとえ訴訟が係属していても)時効の完成をみるような結果となり、かくては訴訟追行者の意思にも反し社会通念とも相容れないこととなるからである。

原判決の認定によると、被上告人が上告人に対して、台東簡易裁判所に転付金八万円の請求訴訟を提起した日時は、昭和三四年六月二四日であり、これを取下げたのは、昭和三六年五月九日であつて、本訴を提起したのが、同年八月三日であるが、他方、被上告人は、台東簡易裁判所に対して転付金請求訴訟を提起した日時頃訴状副本の送達において、上告人に対してその支払の催告をなしたものと解せられる。してみると、この催告は叙上のごとく訴訟が訴の取下によつて終了するまで継続するから右訴の取下の日である昭和三六年五月九日以降六ケ月の期間内である同年八月三日本訴が提起されたことによつて本件訴訟の目的物である被上告人の上告人に対する転付債権はその消滅時効が中断し依然として有効に存在するものといわなければならない。それ故に右論旨も亦理由がない。

よつて、民事訴訟法第四〇一条、第三九六条、第三七八条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 神谷敏夫 裁判官 辻下文雄)

上告理由

右判決には、次の通り理由不備及び法の適用若くは解釈の誤りがあり、被上告人の強制執行は停止せらるべきである。

第一点、右判決は、上告人は、被上告人の債権が裁判上の和解によつて消滅した……(中略)……とか主張するが、これを認めるに足る証拠は何等存在しない、と判示する。

しかし、乙第二号証の一、及び乙第二号証の二の各証拠(いずれも名古屋地方裁判所の強制執行停止決定及び請求異議事件についての和解調書)によれば、被上告人が為した公正証書に基く強制執行に対し、大西幸八が請求異議事件を提起し、同事件について和解が成立したのであるから、同和解の成立によつて、公正証書による債権は更改せられて消滅したことは明白である。若しかく解しないならば、何の為の請求異議事件を提起したのか、又、請求異議事件の和解は、何故にその基礎となつた公正証書の債権と無関係であるのか、理解に苦しむ。

右判決は存在する証拠を無視し、且つ、更改の法理の適用解釈を誤まつたものと言うべきである。

第二点、右判決は又、「被上告人の強制執行が訴外大西幸八に対する関係において信義則に反するからと云つて自己の債務の履行を拒むことはできない」と云う。

しかし、民法第一条第三項は、「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」と規定しているのであつて、明らかに信義則に反する権利の行使が、権利の濫用ではない、という理屈は、右条文の精神とは全く相反するというべきである。

第三点、右判決は、訴状送達によつてなした催告の効力は、訴の取下げ当時まで継続していたものと解するという。

しかし、民法第一四九条は、裁判上の請求は訴の取下の場合に於ては時効中断の効力を生じない旨を規定しているのであつて、その趣旨は、訴提起の時にまで遡つて時効中断の効力を生ぜず、時効が進行することを認めるものである。しかるに、催告の効力が継続するというのは、時効が進行することを承認した右規定を陳腐化するものであつて、正当なる法の解釈とは思われない。若し判示の如く解するならば、訴提起と取下げとを何回繰り返えしてもよいのであるから、かくては、時効の制度は全く実効なきものとせられる。判示の如き保護を与える根拠は奈辺にあるか、理解に苦しむものである。

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